「睡魔」のおかわり

ティア生活を無駄に小難しく考えます。

我の鏡なり

現実社会に比べると責任は低いにも関わらず、

小さな社会に人間に近いキャラクターが自由に活動できる。

 

さらに、キャラは自分の理想に近い形で、

容貌、さらに性別までを選択できる。

 

簡単に言うと、アストルティアでは

人間の本性が、現実の社会より

ダイレクトに出てしまいやすい環境が整っている。

 

意地悪な人はさらに意地悪に、

厳しい人はさらに厳しく、

理想主義の人はさらに理想主義に、

猥褻な人はさらに猥褻に。

 

リアルの人間の心というのは、

さまざまな人間性を大きなバケツに放り込んだようなもので、

ひとつの感情が芽生えた時に、その感情を一方で抑制する、

または、増幅するエネルギーが働き、

ほとんどの場合、

社会規範に多少なりとも近くなって表出される。

 

それに加え、細かく定められた法という制約も存在する。

 

しかしアストルティアは行為責任が低い、

さらに、イン、アウトに関しては自由。

普段できないことをやってやろうと

どちらかというと反社会的な方に、

傾くことが多いかもですね。

 

「万人の万人に対する闘争状態」ですね。

 

混沌とした社会で、

少しだけ理性的になれるインセンティブは、

小さなコミュニティ。

 

チーム、フレンドであったり。

 

突出した行為をすれば、今後の関係を続けにくくなる。

そこでリアル社会を模した行為に近づいていくわけです。

 

チーム、フレンドさんに恵まれているとは言いつつ、

レクもアストルティアではかなり自由にしてますね。

 

あー、こんな人間だったんだって気づくことが多いです。

 

奥が深いです、オンラインゲーム。

 

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